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動けなくなる前に引退を。

高度成長期を経験した社長さんは、苦労もしたでしょうが、いい思いもしています。金も持っています。

定食屋さんのおやじさんは「不況の時は何もするな。そのうち必ず景気が良くなる。変なことをせずじっとしていればいい、」

が信条でした。でも、店舗を改装しようとすると不況です。結局、何も変わりません。

80を過ぎても淡々と日々を過ごし、昔の方法で帳簿をつけています。

社長も、そして50になった息子もこの日常がずっとそのまま続くと思っているのですが、売上はじり貧です。過去のたくわえを食いつぶしたら終わりです。80では帳簿も間違いだらけです。そのことも十分わかっているのですが、でも動けません。

お店には雉のはく製、傾いた配膳机、手書きの色あせたお品書き、カウンターには納品書や領収書の山、

少し片づけるだけで雰囲気はガラッと変わります。お昼時、お客さんがご飯を食べている横でレジのおばさんがパチパチと爪を切っていました。二度と行きたくなくなります。

活気のない会社も同じです。一度物の置き場所が決まると二度と動かなくなります。使われなくなったものがそのままそこに佇んで静かに朽ち果てるのを待っているかのようです。

借入金の返済予定表を綴じたファイルは、パンパンに膨れ上がっていました。20年前から使い続けたバインダーはボロボロで、その中には20年分の借金の歴史がコーヒーのシミとともに綴られています。実際に今借りてるのは2件、そんなもんです。きれいに綴じなおそうなどと思う人はいません。

そして社員同士のつながりも希薄で、みんな一日が静かに過ぎ去るのを待っています。

死語に近いワープロ、年代物の椅子、文房具の分厚いカタログが歴史を刻むように何冊も並んでいる書棚、それは見るからに圧巻です。でも、いりません。

机の位置を少し変えてみる、整理をする、捨てる、買い替える、何かをしようと想像することはとても楽しいことと思うのですが、想像しようとする人、というよりはできる人がいません。一緒に整理しましょう、と言って一時はその気になっても半年もするとまたもとに戻ってしまいます。面倒くさい、の一言で終わりです。

何となく40年、50年やってきた。みんな年を取った。やる気のある奴はとっくに独立した。静かに年金がもらえる年を待つ人だけが残ります。

 

 

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